現在、映画『アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発』が公開中です。これはスタンレー・ミルグラムが行なった通称「アイヒマン実験」の模様を中心に描かれた映画です。
もちろんアイヒマンとは、大勢のユダヤ人を強制収容所に送る指揮をとったナチス親衛隊中佐のこと。終戦後、逃亡していたアイヒマンが捕らえられ、イスラエルで裁判が行われました。その際、どれほどの残虐な悪人なのかが注目されたのですが、上からの命令に従っていただけの普通のおじさんであったことが明らかになりました(いわゆる「凡庸な悪」)。
その実験方法とは
実験方法は、大学の博士役の管理のもと、2人の被験者が先生役と生徒役(実はサクラ)に分かれ、先生役が出す問題に正解できないと、別室にいる生徒役に電流が流され、間違うごとにその電圧が上げられていくというもの。
生徒役が電流を流されるたび、うめき声をあげ、絶叫する(もちろん偽)。先生役は躊躇し、拒否するものの、博士役が「続行してください」「続行していただくことが必要です」と通告されると、なんと大半の人間が最後まで電流を流し続けたといいます。最初に生徒役が「心臓に持病がある」と言われたり、電流を流すうちに叫び声さえあげず無反応になってしまっても流し続けたのです。
エージェント(代理人)状態
被験者たちは、電流を流すことが“やばいんじゃないか”とは感じているのですが、大学の博士という“権威”に服従することで責任を放棄しているかのようです。
ミルグラムはこういった状態を「エージェント(代理人)状態」と呼んでいます。ある“権威”を前にすると、その権威に対しての責任は感じるのに、権威が命じた中身に対しては責任を感じなくなり、あくまで権威の代理人として行動している状態になるとのこと。
強制収容所に大勢のユダヤ人を送り込んだアイヒマンは、まさにこの状態だったとされています。また、2004年にアメリカのファーストフード店ではマネージャーが警察官からの名乗る男から「窃盗があった」との電話で操られ、女性従業員を裸にして検査するという信じられない事件も有名で映画化されています。
なぜ、人は権威に服従するのか?
ミルグラムは著書『服従の心理』の中で“なぜ人は権威に服従するのか”の理由のひとつとして、人間の進化の過程で、従わせる側と従う側のヒエラルキー構造があったほうが生存に有利だったことをあげています。集団で行動したほうが、さまざまな外的脅威から身を守れたのですね。
こういったことはアイヒマンを持ち出すまでもなく、現代の日常でよく遭遇すると思います。疑問を持ちながらも「会社の決まりだから…」「上司の指示だから…」と責任を感じずに行動するなど、誰もが陥ってしまうことですね。
この“気づき”こそ重要
平凡な人間でも、誰もが残虐なことができてしまうことを明らかにしたミルグラムのこの実験。ぼくも『服従の心理』を読んだときは衝撃を受けましたが、ミルグラムの人間観は、悲観的な面だけでなく希望を含んでいることを映画を観て思い出します。
「人は単なる操り人形ではなく、知覚する人形。その操られている糸に気づくことができるはずで、それが自由意志につながる」といった温かい視点があります。
ぼくたちデザインや宣伝・販促業界に置き換えて考えてみると、
「クライアントが言っているので、やっている…」とか
「上司の命令でやっている」とか
いった状態に気づけることが大切ですね。
【ホロコーストからミルグラムまでが分かる、近年のおすすめ映画】
アイヒマンや“凡庸な悪”“服従の心理”がらみの映画を時系列順にご紹介します。
『サウルの息子』
カンヌ映画祭グランプリの傑作!
強制収容所で死体処理をしていた男が、ある少年の死体を自分の息子だと思い込む。
『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』
ドイツの検事長バウアーが海外に逃亡していたアイヒマンを執念で追い詰めていった様子を描いた。
『アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち』
イスラエルで行われたアイヒマンを裁く世紀の裁判をテレビ中継した男たちの物語。アイヒマンは“モンスターなのか、自分たちと同じ人間なのか”、スタッフ各々の想いが交錯する。
『ハンナ・アーレント』
「凡庸な悪」で有名。アイヒマンは特別残虐な人間ではなく、ただ命令に従った小役人であることを喝破して世間の反発を招いた女性哲学者の人生を描いた映画。
『アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発』
ミルグラムの実験の様子を再現。アイヒマン実験の他にも「六次の隔たり」などミルグラムの有名な実験のいくつかも紹介されています。
『コンプライアンス 服従の心理』
2004年にアメリカのファーストフード店で実際に起こった事件の映画化。店のマネージャーが警察官を名乗る男の電話で操られ、窃盗の濡れ衣を着せられた女性従業員に対して裸体検査まで行なってしまう。
そして、やっぱり読んでおきたいこの名著のリンクも貼っておきます。意外と読みやすいです。
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