今年のアカデミー賞・作品賞『ムーンライト』、素晴らしい映画でした。
アメリカの映画作りに対する底力を見せられた気がします。どちらかというとヨーロッパ映画派な僕ですが、この作品ばかりは脱帽でした。
物語は3部構成
黒人の主人公シャロンが成長していく様を、幼少期、思春期、青年期の3部構成で描き、それぞれ異なる役者がシャロンを演じています。
その3人のシャロンが、各々特徴があって面白いんです。
危うくて脆くて繊細なのは3時代とも共通しているのですが、3人の役者の顔はまったくもって似てません。この辺は割り切っちゃってます。
演出や役作りの成果なのか、役者の特徴なのか、3人それぞれの個性が際立っている。(ネタバレになると嫌なので詳細は省きますが…)それがかえって面白くて年数が経ったシャロンを見るたびに「あ〜、こういう育ち方をしたのね〜」とか「いろいろあったんだろうなあ」とか、直接描かれていない数年間への想像が膨らみます。
お互いに影響を受けないよう、撮影終了まで3人のシャロン役同士を会わせないようにしていたみたいです。
ストーリー自体はシンプルで登場人物も少ないので、難解さや置いてけぼりにされる感じはまったくありません。この作品の世界観に没頭でき、ひとつひとつのシーン・エピソードが心に刺さってきます。
なりより、撮影・グレーディングがいい
そして、この映画は評判通り撮影とカラーグレーディング(撮影後の色調整)がかなりいいです。
撮影監督はジェームズ・ラクストン、カラリストはアレックス・ビッケルという方らしいのですが、この2人の仕事ぶりが凄いのです。
ハリウッドでもっとも高名な撮影監督であろうエマニュエル・ルベツキが撮った『ツリー・オブ・ライフ』を観た時はかなりの衝撃を受けたものですが(後にアカデミー賞・撮影賞を3年連続受賞)、この『ムーンライト』の撮影もそれに負けず劣らず。
今年のアカデミー賞の撮影賞が『ムーンライト』でなく『ラ・ラ・ランド』に持って行かれたことが不思議なくらいです。
“危うさ”を表現したような撮影
撮影にはアナモフィックレンズを使用している。これぞ映画!と言いたくなる極端に横長なワイドスクリーン。
広大な迫力のある風景が出て来るわけでもないのに、このワイドスクリーンを使ってるところがミソ。ガラガラに空いたスペースを使って、シャロンのパーソナルな心情や孤独を描いているかのよう。
また、極端に深度が浅く、ボケを強調したカットも多く、顔にピントがあってない秒数が長いカットも平気で使っています。
王道感がありながらも攻めに攻めた撮影が、シャロン性格の脆さや弱さ表現に拍車をかけています。
凝りに凝ったカラーグレーディング
この映画の絵作りの最大の特長は、黒人の肌を美しく見せていること。
『ムーンライト』のタイトルは、「黒人少年が月夜に走り回っていると、月光に照らされてブルーに見える」という劇中でのエピソードから来ています。夜のシーンで浮かび上がる黒人の肌の色調をはじめとして、かなり積極的なカラーグレーディングを施しています。
月明かりのシーンが美しいのはもちろんですが、日中に車を走らせている何気ないシーンだけでもずっと眺めていたくなる印象的な映像ばかりです。
また、デジタル撮影した素材は、ソフト上で特定のフィルムで撮影したかのように色変換することができるのですが、この設定を前述の3つの時代ごとに変えています。
幼少期はフジフィルム、思春期はアグファ、青年期はコダック、というふうに。
3人のシャロンそれぞれに個性が違って感じた一因はこういったところにもあるのでしょう。
監督の意図にしたがって、撮影とグレーディングでここまで突っ込んだ表現できるプロフェッショナルが存在しているところが、さすが映画大国アメリカ。大金をかけながら病ともいえるほどつまらない作品を量産しているハリウッド映画ではありますが、こんなにも繊細で素晴らしいレベルの作品を作り上げられるのもまた、ハリウッド。納得の作品賞でした。